技術者を見下す国の末路

わたくしごとですが、目下、第2種電気工事士の受験中です。農業IoTで、ちょっと電力使いたいとか大きなソーラーパネル設置したいとかいうときに、資格が必要になりそうなグレーゾーンがあります。法律ちゃんと読めばグレーじゃないんでしょうが、面倒なので資格とっちゃえと思った次第です。

実技の練習中
実技の練習中

この試験は、筆記と実技があります。筆記試験はちゃんと勉強すればそんなに難しくないです(たぶん)。筆記の勉強をしてみて思ったことは、現代人はこんなに電気製品に囲まれているのに家庭の電気のことを知らないんだなということです。車を運転するのには免許がいるけど、電気を使うのにまったく知識なしでいいというのはちょっと問題があるかも?と感じています。ま、そのために勉強しろというのはなかなか難しいでしょうけどね。

勉強といえば、「勉強ちゃんとしないとあんな仕事をしなきゃならなくなるよ。」と電気工事のひとをとある母親が指さして言ったとか。なにせネット上のことですから、ほんとにあった話かどうかあやしいものだけど、これをネタにいろいろ批判的なコメントがついてました。もしほんとこのことだとしても、それほど悪気もないんでしょう。ともあれ、口はわざわいのもと。綸言汗のごとし。発言には気をつけようね。

でも、日本で技術者が冷遇されているのは確かなこと。だって、人のお金を右から左に動かしているだけの人のほうが、日差しに焼かれ、泥だらけになって日本のインフラやら生産を支えている人たちに比べて端的に給料がいい。もちろん、給料の高い人たちはもっと直接にお金を「稼ぐ技術」をもっているんだろうから、ある意味当然なわけですが。

さて、そこでわれらが農業ですが、工業従事者に劣るとも勝らない冷遇っぷり。農業をする親が自分の子供にはさせたくない。というくらいですから。仕事が大変なわりに収入が少ないというのがシンプルな理由なわけですが、何も、「勉強しなかったから」そうなったわけじゃないんですよね。

むしろ農業ってものすごい知識と技術を必要としてるんです。作物の生理、土壌の物理・化学、作業機械のしくみ、気象、市場の変動、法律、政策うんぬんかんぬん。無理ゲーレベルです。そんなこと知らねーよという農家もいるでしょうが、実際には言葉にしないだけで経験的にこなしてるわけです。昔読んだ本で、なんの本だったか思い出せないんですが、戦時中(か戦前)に徴兵されて兵営に入ったら、「農家の子はなんでもできた」というようなことが書いてあったのを思い出します。

残念ながら、このような技能の高さはたいてい価格として評価されません。自由競争のうえでは、お金にならないものは無用なもの、グローバル経済のなかでじんわりなくなっていくのか、あるいは知識や意思決定はAIがやって人間がほんとにただの作業員になるのか。あんまり明るい未来を見通せないなあ。